クロネコ屋ガールズストーリー #002 殺人罪

Kuronekoya Girl #002 MURDER (Opensea)

== Story ==

「仕方ないじゃない。子供が産めないんだから」

そんな言葉を吐いたのだから、あなたは殺されても仕方なかった。いつもなら受け流せる言葉でも、20年間、あなたの思い通りに動くお人形さんとして生きてきて、ようやく自分を愛してくれる人を見つけた瞬間に、あなたはすべてを台無しにして、挙句の果てに言ってはいけない言葉を吐いたのだ。仕方ない。私が実の母親を殺してしまったのは、仕方ないことだ。

血溜まりの中、目を見開いて横たわる怪物を、私はじっと見つめている。

子供の頃から、母に操られた人生だった。

私に与えられた役割は、母の自慢の娘であること。自慢のアクセサリーであること。親戚とのパワーゲームで武器として使えること。働けるようになってからは、お金を家に入れること。母のためだけに生きること。

それが私にとっての当たり前で、母にとっての当たり前で、このまま死ぬまで母のために生きていくものだと思っていた。

そんな私の手を引いて、一緒に並んで歩いていこうと、言ってくれた人がいた。カフェで働いていた私と、常連のお客様だったあのひと。

私が誤って珈琲をこぼした時に、一緒に拭いてくれた優しい人。連絡先を渡されて、一緒に遊ぶようになって、でも母のことは言えなくて。

「きみの事が好きだから、教えて欲しい」

そう言われて、心の奥まで踏み込まれて、私は一度あなたを拒否した。
それでも、あなたは諦めなくて、とうとう私はあなたに話した。私と深く関われば、母の毒牙があなたに刺さると。

「それでも」と、あなたは言った。「きみと一緒に歩みたい」

そして、あなたは私にチケットを渡した。一緒に暮らしたい。そんな想いがつまった手紙と、東京行きの片道切符。

待ち合わせは午後20時。私たちが出会った喫茶店がある公園で。私は待ち合わせ場所に行かなかった。けれど21時になって、もういない事を確認したくて、コートを羽織って外に出た。

そこにいたのは、母だった。母と、人形のようになったあのひとだった。

「仕方ないのよ。あなたを連れ去ろうなんて。この女が、悪いのよ」

もみ合いになって、マフラーで首を絞めたと母は言った。

「埋めないと。手伝いなさい」

私の初めての恋人は、母の手で壊された。私が立ち尽くしていると、母は自分に言い聞かせるように言った。

「仕方ないじゃない。子供が産めないんだから。女同士だなんて、非常識よ」

いつか、こんな瞬間が来るような気がしていたんだ。母がやってはいけない一線を踏み越えて、私が法を犯してでも止めなければいけない時が。

それは、あまりにも遅すぎた。あと1時間早ければ、殺されたのは母だけだったかもしれないのに。
私はナイフを取り出して、それからの事は、覚えていない。

ただ一つ言える事は、私は殺人の罪を犯したという事だ。

母も私も、殺人鬼。よくある事だ。きっと、この広い世界では珍しくとも何とも無い話。
私はどこへ行けばいいのか。夜の街をさまよい続けている。皮肉な話し。母が居なくなったら、私は進む方向も分からない。

血まみれになったコートを捨てて、真冬の街を黒いセーターだけを着て。隣に歩く人はなく、たった一人でさまよい続ける。
<終>